デトロイト総領事の眼差し

令和8年10月21日
デトロイト総領事の眼差し Vol.24
音楽のチカラ、デトロイト編 ― ジャズ・フェスティバルは若者達の登竜門


 
令和8年 (2026年) 10月21日
在デトロイト日本国総領事
岸守 一
 
音楽のチカラは、デイトン編(眼差しVol.17)、クリーブランド編(眼差しVo.18)に続く第三弾がデトロイトのジャズ・フェスティバルだ。
 
学生の頃からビル・エバンスが好きだった。それからカレル・ボレリー・トリオやルイス・ヴァン・ダイク・トリオなど欧州(オランダ)のジャズを聴くようになった。クラシックは藤田名誉領事夫妻や原田慶太楼指揮者、菅野雄太ピアニストに導かれるまで未知の世界だった。だから縁あってデトロイトのジャズ・フェスティバル主催者に招かれたときは単純に嬉しかった。昨年はあの有名な上原ひろみが演奏したのに、私がそれを知ったのは終わった後だったからだ。
 
しかし、その案内はちょっと変わっていた。9月のレーバーデーウィークエンドの本番前に先ず7月の「合宿」を見学してほしいと言われた。アーティストの合宿とは、何だ?
現場に行くと、そこはまるで高校の文化祭の練習場だった。演奏しているのは全米から応募した18歳以下の若者達。「なんだ、アーティストの卵か」とちらっと思った私は、あさはかだった。文字通りプロ顔負け、というか若くて野放図な分だけダイナミックな感性で自由な音楽が合宿で実験的に作られていた。合宿は、文化祭どころか、ジャズの研究ラボだった。
ピアースという16歳のサックス演奏者と言葉を交わした。父親もジャズの演奏者だったという。「本番に出られるよう頑張るから、絶対観に来てください。」別れ際ピアース君にそう言われた。
 
それから約2ヶ月後の9月6日、川沿いのハートランドでジャズ・フェスティバルは開幕した。日本からもアーティストが来られていたようだが、私は主催者のコリンズ氏達と共に若者達の演奏を鑑賞することにした。ステージの背景はカナダ・ウィンザーの町並みという舞台にピアース君もいた。サックスのソロパートも任されたピアース君は、仲間の若者達とのびのびと演奏していた。スタンダードジャズを聴くときのような安心感はない。しかし、そこには「これでもか」というくらいギラギラした彼らの熱い想いが詰まっていた。私は、まるで自分の子供の演奏を聴きに来た父親のような気持ちになって、ピアース君を応援していた。予想した旋律を裏切られるような斬新な転調を聴くたびに、哀しみで凝り固まっていた心がほぐされるような気がした。ジャズとは、才能を持った演奏者達による計算された破壊なのだと、改めて思った。「来年の合宿には日本のジャズ好きな若者が応募してくれることを期待しています」コリンズ氏はそう願っていた。
 
会場で、これまで7年間も写真を撮り続けているフォトグラファーの常盤武彦さんと平間久美子さんにお会いした。デトロイト・ジャズ・フェスティバルは、世界最大級の無料コンサートだけに運営は難しい。常盤さんは「ステージ設営等にご協力いただけるスポンサーの日系企業を見つけることが重要だと思います」と仰っていた。この点について私からもJBSDに提案してみたい。
 
今回デトロイト・ジャズ・フェスティバルとのご縁をいただいたエリック・ハード氏に対し、改めて感謝の意を表します。
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