デトロイト総領事の眼差し

令和7年1月16日
デトロイト総領事の眼差し Vol.1
陶芸家トシコ・タカエズの内なる世界(Worlds Within)


 
 
令和7年 (2025年) 1月16日
在デトロイト日本国総領事
岸守 一
 
2025年1月2日は木曜なので、公邸から徒歩20分のクランブルック美術館が入場無料になる。雪道を踏みしめてたどり着いたら、トシコ・タカエズ展の立て看板があった。聞いたことがない名前だ。特に期待もせず中に入って、その独創性に打ちのめされた。妻と一緒にクイーンズのイサム・ノグチ美術館を訪れた時の感動に似ていた。その理由は後でわかった。
 
トシコ・タカエズは1922年、沖縄から移住した両親の下11人兄弟の6番目としてハワイで生まれた日系2世だ。家計を支えるため高校を中退して陶器工場で仕事に就いたことで陶芸家になった。1951年に米国ミシガン州クランブルック・アカデミー・オブ・アートに来たのはフィンランド人陶芸家マヤ・グローテルの薫陶を受けるためだ。その後タカエズは日本で8か月過ごすが、日系2世という視点から味わった「近くて遠い日本」という感覚が彼女の作風に大きな影響を与えることになる。イサム・ノグチと同じだ。茅ケ崎で幼少期を過ごしたイサム・ノグチは、他の子供の声に合わせて道行く外国人に「バター臭いぞ」とからかってから、自分も「バター臭い一人なのだ」と思い当たる。越境者としての自我が、彼らのアイデンティティの根っこにあった。
 
タカエズの代表シリーズであるクローズド・フォームは、偶然から生まれた。あるときタカエズは小さな粘土のカケラを内側に残したまま作品を窯に入れた。ところが焼き上がり後、作品を手に取るとカケラが内側でコロコロと心地良い音色を立てているのを気に入って、それから意図的に小さな粘土の塊を内側に入れるようになった。展示室では、そのコロコロという音がBGMとして流れていた。粘土の塊が奏でる音でのみ認識できる空間、それが、クローズド・フォームだ。タカエズのこだわりは、日本人の美意識に根差していると思う。
タカエズは後年、巨大な作品を多く手掛け、それらはスター・シリーズと呼ばれている。
自分の背丈を超えるような作品は、弟子に轆轤を回してもらいながらタカエズが足場の上から成形を行った。「上から中を覗き込むと内側に宇宙全体が広がっていた」と彼女は言う。千利休が炉のお炭の中に宇宙を見たのとどこか似ている。
 
私は2024年12月10日、日本の総領事としてデトロイトに着任した。長い米国生活だが、ミシガン州もデトロイトも初めてだ。2013年の財政破綻、高い犯罪率と貧困、自動車産業の斜陽とデトロイトの評判は散々だったが、まさか陶芸家トシコ・タカエズと出会えるとは僥倖だ(私自身、スイス、タイ、エジプトで作陶を続けてきた陶芸家の端くれでもある)。
私達が管轄するミシガン州とオハイオ州には、まだ日本人に知られていない魅力が眠っているのではないか。これから不定期に発信する「デトロイト総領事の眼差し」では、そんな米国中西部の魅力を伝えてきたいと思う。
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