デトロイト総領事の眼差し
令和7年3月14日
デトロイト総領事の眼差し Vol.3
ハイデルベルク通り:ここに"知“終わり、”生み“始まる
ハイデルベルク通り:ここに"知“終わり、”生み“始まる
令和7年 (2025年) 3月14日
在デトロイト日本国総領事
若い頃、妻と二人で旅をしてたどり着いたポルトガルのロカ岬に立つと「ここに地終わり、海始まる」という碑が立っていた。切り立った崖の上から大西洋が見える。ユーラシア大陸の最西端がロカ岬なのだ。人間の工夫と苦悩はロカ岬で終わり、そこから先は海なのだ。在デトロイト日本国総領事
岸守 一
「なんだか遠くまで行けそうな気がするね。」
隣にいる妻が私に向かってそう呟いて、笑った。
JBSD新年会のパフォーマーとしてデトロイトを訪問した中西圭三さん一行と市内観光をして案内されたハイデルベルク通りは、ストリート全体がアートだった。草間彌生を彷彿とさせる水玉の二階建て民家、廃棄された自動車をキャンバスに見立てた落書き、首の取れたマネキン、それらを白い雪が静かに包み込んでいる。キーボードの元ちゃんが、大きな声で歌を歌いながら堂々と道を歩いていく。カメラのヒロさんが元ちゃんの歩き姿を録画している。主役のはずの圭三さんは、穏やかに笑いながら有里さんと一緒にその様子を見守っている。どこからともなく野良猫がやってきて我が物顔で私たちの周りを堂々と歩いている。とりとめがないけど、なんだかとても平和だった。難しく考えても仕方ない。理解しようとしても仕方ない。アートはただそこに置かれているだけだ。元ちゃんみたいに、ただ闇雲に歌うことだけが正解なのかもしれない。
「でもこの辺りは今でも夜は危なくて歩けないんですよ」JBSDのガイドさんが説明する。
サンフランシスコからデトロイトに転勤が決まった時、友人の8割はI am sorryと言った。ジミーは何かやらかして左遷されるのかと真顔で聞いてきた人もいた。
デトロイトのイメージは確かに最悪だ。犯罪率、人口減少、経済の停滞、荒れ果てた住居、どれをとっても魅力的な要素はない。
それでも転勤してきて一か月半、デトロイトの町を歩いてみて復活の息吹を感じる。ダガン市長の行政の手堅さ、予算の堅実な執行、四大スポーツの球戯場の周りに広がるレストランやバー、ホームレスのいない街角(サンフランシスコと違ってとても寒いから、というのもあるかもしれないが)、買い物客で賑わうイースタンマーケット。デトロイトは思った以上に魅力的な街なのだ。
「なんだか遠くまで行けそうな気がするよ」
まだ日本にいる妻に向かって私はそう呟いて、笑った。




