デトロイト総領事の眼差し

令和8年3月10日
デトロイト総領事の眼差し Vol.18
音楽のチカラ、クリーブランド編 ― ピアニスト、藤田真央の躍動


 
令和8年 (2026年) 3月10日
在デトロイト日本国総領事
岸守 一
 
ファンの方のお叱りを覚悟で告白しよう。2026年2月17日、藤田名誉領事夫妻の招きによりクリーブランド管弦楽団のホームであるセベランス・ホールでソロリサイタルを聴くまで、藤田真央さんは女性だと思っていた(フィギュアスケートの浅田真央さんのように)。
 
通常はオーケストラ演奏者がずらりと並ぶ広いステージにピアノが1台。最初の一音から引き込まれた。ベートーベンのピアノソナタ。速い。強い。そして感情的。ピアノの音なのに、人間の声の合唱のようにも聞こえた。
メンデルスゾーンやブラームスという名前は、小学校の音楽の時間に習った記憶がある。
でもワーグナーって、オペラではなかったですか?それをピアノ1台で表現するのですか?
それが見事にできてしまうのだ。藤田真央という天才ピアニストに手にかかれば。
 
天才という陳腐な形容詞は使いたくなかった。しかし藤田真央さんのリサイタルを聴いた後では、その言葉しか思いつかない。しかもまだ28歳。どこまで伸びていくのだろう。
 
「オペラが好きなんです。特に『トリスタンとイゾルデ』が。」
コンサートが終わった後、セーターとチノパンとテニスシューズに着替えてVIPラウンジに出てきた藤田真央さんは、はにかむような笑顔でそう言った。グレイメル管弦楽団総監督が感情を高ぶらせて、技術が凄い、曲の選び方から創造的だ、絶対オペラが好きだと思っていたよ、などと息もつかせず真央さんに話しかけていた。
 
「楽譜を見ないんですね。全部覚えているんですか?」
私はといえば、とても素人的な、つまらない質問しかできなかった。それでも真央さんは、真剣に答えてくれた。「楽譜は見ません。小さい頃から何度も練習していますから。」
 
前回の原田慶太楼指揮者の時(眼差しVol.17)、音楽には人を繋ぐチカラがあると書いた。それは政治であり、外交であり、ビジネスに活用できて、教育の力でもある。
しかし藤田真央さんの音楽は違った。音楽は、音楽であればいいのだ。そこに何かの役割を求めたり、何かのために音楽を利用したりする必要はなく、純粋に感動すればいいのだ。
美味しいウィスキーを飲んだ後に酔いが心地よく残るように、真央さんのピアノは余韻となって心のどこかしらにいつまでもたゆたっていた。
 
昨年8月21日は、こちらも藤田夫妻の招待で同じセベランス・ホールにて辻井伸行さんのピアノを初めて聴いた(眼差しVol.9を参照)。その前はビブ・クリーブランド市長と共にフランツ・ウェルザー=メスト首席指揮者のチャイコフスキーを聴いた。藤田夫妻は、次は何を聴かせてくださるのだろうと、今からワクワクして胸の鼓動が止まらない。
 
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