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日本とのゆかりの地を訪れて (ミシガン編)

第一話
★小説家、永井荷風が下宿していた住居(カラマズー)
『あめりか物語』『ふらんす物語』の作者として知られる小説家、永井荷風は1903年に渡米。1904年にミシガン州カラマズー市に到着し、カラマズー大学に入学しました。その際に荷風が下宿した住居が、今でもカラマズー市内のエルム通り127番地に残っています(写真)。ウエスタンミシガン大学曽我日本研究センターでは、州政府に対し、同住居が歴史的建築物に指定されるよう働きかけています。ウエスタンミシガン大学のジェフリー・アングル准教授が『三田文学』(2006年冬季号No.84)に寄稿した「評論 永井荷風」によれば、カラマズー滞在時、荷風が地元コミュニティーで、日本文化について講話した記録も残っているとのことです。

(注意:この住居は現在、個人の所有です。この写真は住居人の方からの許可を得て総領事館が撮影したものです。)

 

第二話
★日本庭園と茶室(サギノー)
徳島市とミシガン州サギノー市は、ミシガン州立大学に農業を学びにきていた徳島市出身の日本人農業実習生がサギノーにホームステイしていたことがそもそものきっかけで、1961年に姉妹都市関係を結びました。10年後の1971年、関係提携を記念して、市内にまず日本庭園がつくられました。茶室は1985年に完成。茶室は、わざわざ京都から宮大工がやってきて建造された本格的なものです。庭園・茶室の土地は、サギノー市が徳島市に寄贈しました。庭園と茶室は一般公開されており(写真)、毎年9月には日本祭が開催されます(総領事館も共催)。なお、11月から3月までの冬季は休館となりますので、訪れる際には下記のWebサイトで必ず開館時期をご確認ください。
http://www.japaneseculturalcenter.org/Welcome.asp

奥に見えるのが茶室

 

第三話
★ジェラルド・フォード大統領博物館(グランドラピッズ)
ミシガン大学在学中にアメリカンフットボールの選手としても活躍し、1974年に第38代米国大統領に就任したジェラルド・フォード大統領。実は現職として初めて訪日した米国大統領です(訪日時期も1974年)。ミシガン州グランドラピッズ市にあるジェラルド・フォード大統領博物館(リンク貼る)では、フォード元大統領が訪日した際に天皇陛下から贈呈された品などが展示されています。博物館の敷地内には元大統領のお墓があり、その近くには、2010年7月に在米日本国大使館から寄贈された日本楓の木が植樹されています(写真)。アナーバーには、フォード大統領図書館もあり、こちらにも大統領の書斎などが再現されています。

在米日本国大使館から送られた楓の木

 

第四話
★ウエスタンミシガン大学・日本人留学生の記念碑(カラマズー)
慶応義塾大学など多くの日本の大学との交換留学制度を持つウエスタンミシガン大学(ミシガン州カラマズー市)。40年以上続いている慶応義塾大学との交換留学制度のスタートは、ある日本人留学生の悲しい交通事故がきっかけとなりました。為替レートがまだ1ドル360円であった1962年、慶応大学は60人を超える学生を、同大学での夏季研修に参加させるために送り出しました。6週間の研修を終え、学生たちはそれぞれ自由行動を楽しみましたが、ある一人の女学生が不幸にも交通事故で亡くなりました。この女学生はカラマズー市民とも活発に親善交流し、団の中で一番の人気者だったそうです。女学生の悲報を聞いたホストファミリーや市民、大学関係者は、女学生の死を悼んで募金活動を展開し、この募金を財源として慶応大学から毎年一人の学生を留学生として受け入れるスカラーシップを設立しました。10年間でこの募金は底をつきましたが、両大学の協力によって、交換留学生プログラムは途絶えることなく継続されています。
(以上の内容は、同大学の曽我道敏名誉教授からご提供頂いた貴重な資料をもとに作成しました)

ウエスタンミシガン大学キャンパス

 

第五話
★デトロイト出身のアジア美術収集家 チャールズ・フリーアの家(デトロイト)
ワシントンD.C.を旅行した人の中には、日本をはじめ多くのアジア美術品を所蔵するフリーア美術館を訪れたことがある人も多いのではないでしょうか? フリーアとは、チャールズ・ラング・フリーア(1854-1919)という1890年代に貨物列車産業で財を成し、パーク・デイヴィス(Parke-Davis)というデトロイトの製薬会社に投資して財を増やし、45歳で引退した実業家のラストネームであり、彼は築いた財産を用いて日本、中国、韓国などアジア美術作品を多く収集しました。もちろん日本も訪れています。フリーアが、収集した芸術品を国に寄贈することで設立されたのが、このフリーア美術館ですが、このフリーア、実はデトロイトに住んでいたことがあり、その美しい家がウッドワード通りの東、71E Ferryに現存しています(http://www.mpsi.wayne.edu/about/friends-freer.php)。フリーア美術館に展示されている世界的にも有名な「孔雀の間」はかつて、このデトロイトの自宅に保存されていました。1892年に完成したこの家は、北東部に多く見られるシングル・スタイルの建築物で、中西部では大変めずらしいものです。保存活動の熱意により、周囲にも当時の家がいくつも残り、使われています。

 

第六話
★建築家ミノル・ヤマサキの建築物(デトロイト)
9.11テロで倒壊したニューヨークシティの「世界貿易センタービル」を設計したのが、日系二世の建築家、ミノル・ヤマサキ氏(1912-1986)であることを知っている人は少なくないかもしれません。しかし、このミノル・ヤマサキ氏が1945年から、デトロイトに本拠を置いて活動していたことをご存知でしたか? ジャズ・フェスティバルなど毎年多くのイベントが開催されるルネッサンスセンターそばの広場「ハートプラザ」、そのハートプラザからみてジェファーソン通りの反対側に立っている市庁舎横のビル(One Woodward Avenue)、テレグラフ通りと14マイルロードの交差点近くに立っているブルームフィールドタウンシップのシナゴーグ、ウェイン州立大学構内にある「マッグレガー・メモリアル・カンファレンス・センター」など、あまり知られていませんが、デトロイト周辺では彼の設計による建築物を多く見つけることができます。

 

第七話
★スー・ロックス・ガバメントパークの日本の鳥居(スーセントマリー)
ミシガン州アッパー半島に位置するスーセントマリー市には、スー・ロックス・ガバメントパークという公園があります。ここでは歴史的意義のある様々な記念建造物を目にすることができ、その一つに日本の鳥居があります。この鳥居は1900年代初期に元ミシガン州知事のチェース・オズボーン氏によってスーセントマリー市へ寄贈されたものです。スーセントマリーに深く根づいた人生を送ったオズボーン元州知事は、世界中を旅する人としても広く知られており、そんなオズボーン氏の計らいによって遠く日本から鳥居が送られたのです。
鳥居は日本の伝統的な神社建築の一部であり、神域への入り口を象徴するものです。スーセントマリーの鳥居はガバメントパークの入り口に置かれ、毎日公園を訪れる人々を歓迎しています。そして1974年に締結されたスーセントマリー市と滋賀県竜王町との姉妹都市関係を見守っています。

鳥居
スー・ロックス・ガバメントパーク Soo Locks Park & Visitor Center » External Link

 

第八話
★豊田市からの贈り物 デトロイト市ベルアイル島の灯篭

1904年、デトロイト市ベルアイル島にアンナ・スクリップス・ウィットコーム温室がオープンしました。この温室では、様々な種類の植物や花を鑑賞することができます。また、入り口前には白い花こう岩で作られた灯篭があります。この灯篭は愛知県豊田市とデトロイト市の25年間の姉妹都市関係を記念したもので、1985年9月、豊田市の市長と市議会議員がデトロイト市を訪問した際に贈呈されました。この灯篭の他に、温室の裏池にもう一つの灯篭を見ることができます。
この温室は水曜日から日曜日、午前10時から午後5時まで入場できます。

(参照:http://www.belleisleconservancy.org/explore-the-park/structures-monuments/

ベルアイル島の灯篭ベルアイル島の灯篭

 

第九話
★イサム・ノグチ設計の大きな噴水「ホーレス・E・ドッジ・ファウンテン」(デトロイト)

デトロイトのリバーサイドにある有名なランドマークの一つに「ホーレス・E・ドッジ・ファウンテン」と呼ばれる大きな噴水があります。この噴水は、世界的に有名な日系アメリカ人建築家イサム・ノグチ氏によって設計され、1979年にリバーサイドの広場ハートプラザ内に完成しました。噴水の台座は、高さ約9mのスチール製のオブジェに囲まれており、斜め45度に傾いた2本の支柱が上部のステンレス製の輪を支えています。この上部の輪から真下の台座部分に向かって様々なパターンの水しぶきが噴出され、夏には多くの人々の目を魅了しています。

ホーレス・E・ドッジ・ファウンテン

 

第十話
★ウェイン州立大学マクレガー・メモリアル・カンファレンス・センター(デトロイト)

ウェイン州立大学のキャンパスには、日系アメリカ人建築家ミノル・ヤマサキ氏による設計の「マクレガー・メモリアル・カンファレンス・センター」があります。建築界におけるニュー・フォーマリズムの動きへの貢献で高名になったヤマサキ氏は、独自の表現技法をセンターのデザインに注ぎ込み、白い大理石(トラバーチン)で造られた2階建ての建物を1958年に完成させました。中央のアトリウムにはガラスの天窓からたくさんの明かりが注ぎ込み、デザインに使用された三角とダイアモンドの形がセンターを特色づけています。同大学キャンパスには他にも同氏設計の建物があります。

マクレガー・メモリアル・カンファレンス・センター   マクレガー・メモリアル・カンファレンス・センター

 

第十一話
★ワン・ウッドワード・アヴェニュー(デトロイト)

ダウンタウンデトロイトのウッドワード通りとジェーファソン通りの角にある「ワン・ウッドワード・アヴェニュー」は、日系アメリカ人の建築家、ミノル・ヤマサキ氏による設計の32階建ての高層ビルです。1962年に完成したこのビルは、その後のヤマサキ氏の代表作となる9.11テロで倒壊したニューヨークの「世界貿易センタービル」のモデルデザインと言われています。ビルの内部からはダウンタウンの街並みとその先に広がるリバーフロントの景色を望めるよう、高層ビルの高さから抱く恐怖心を和らげることを意識して設計したとヤマサキ氏は述べています。隣接するガーディアン・ビルディングに14階の連絡通路を使って渡ることができるのも、この建物の特徴です。

ワン・ウッドワード・アヴェニュー

 

第十二話
★グレース・A・ダウ記念図書館にある日本庭園と石灯篭(ミッドランド)

ミシガン州ミッドランド市にあるグレース・A・ダウ記念図書館には、愛知県半田市との30年以上に渡る姉妹都市交流を象徴する3つの石灯篭が置かれた日本庭園があります。

1981年、ミッドランド市に本拠を置く世界最大級の総合化学品メーカー、ダウ・ケミカル社は、日本国内の工場の建設地として愛知県の半田市に注目しました。これが契機となって、半田市の市長は同社の本拠地であるミッドランド市を訪れ、同年、両市の間には姉妹都市提携が結ばれました。現在に至るまで、学生交換プログラムや親善使節団を通した市民交流が活発に行われ、コミュニティレベルで姉妹都市の友好関係が深く根付いています。

グレース・A・ダウ記念図書館の日本庭園にある石灯篭は、姉妹都市交流10周年を記念して半田市から贈られました。贈り物である雪見灯篭、織部灯篭、春日灯篭は、庭園に日本情緒溢れる和やかな景色を加えています。

両市の姉妹都市交流については愛知県半田市国際交流協会のウェブサイトをご覧下さい。
http://www.handakokusai.ecnet.jp/main/sistercities.htm

グレース・A・ダウ記念図書館の日本庭園 グレース・A・ダウ記念図書館の日本庭園

 

★皆様のまわりで、意外に知られていない日本にゆかりのあるエピーソードがございましたら、ぜひ情報を当館までお寄せください。お電話で当館広報文化班にご連絡を頂くか、e-mail までメールでご連絡ください。